あの頃の歌姫たちのデビュー曲を語りたい

一青窈

春になるとノスタルジックな気持ちになる。
どことなく郷愁を感じるのは、桜の散り方が潔く儚いからだろうか。

潔く儚い、といえば、「あの頃」の歌姫たちだ。
90年代後半から00年代前半に泡のように生まれ出でて、そしてひっそりと界隈に定着した「苔」のような歌姫たち。

彼女たちのデビュー曲をただひたすらに語りたい。

私「が」貴方を守りたい…その大樹の枝のように

天野月子/菩提樹


この曲を初めて聴いた時に「やられた!」と思った。
あまりに母性が強い。

00年代最初の頃の男性といえば「草食系」が増え始めていた頃。
「肉食系」はなりを潜め始め、ヤンキーやチーマー的存在は二次元の中でしか見かけることがなくなった時期である。
そうか、こういう風に男性に訴えかける楽曲が出てきたのか。

そして私もこの曲で天野月子の「母性」にやられてしまい、その後活動を見つめ続けることとなった。
残念ながら無期限の活動休止を発表した天野月(天野月子)だが、今聴いてもこの「菩提樹」のインパクトが消えることはない。
ストリングスから始まる荘厳さ。

開放的なサビから歌われるメロディ。
まるで大樹が枝を広げて守ってくれるかのような安心感がある楽曲なのだ。

貴方のゆく道を見守っているから…広がる海のような優しさで

元ちとせ/ワダツミの木


しっとりとした楽曲にのびのびと澄み渡る歌声。

元ちとせを初めてTVで観た時に、そこに強い意思を感じた。
見開きながらも静かにそのトーンを守っている瞳に、ほの青い光を観たのだ。
「ワダツミ」とは「海神」のこと。

航海を見守ってくれる灯守りのような役割がある。
一転、不敬なことをするとその怒りは船を沈める。
それを女性となぞらえることにより、深い情念を感じる一曲だ。

さらに元ちとせのハイトーン・ボイスにも度肝を抜かれた。
クリスタル・ボイスともまた違う、伸びやかで情緒豊かな声。

あの声だったからこそ、「ワダツミの木」はヒットしたのだろう。

悲しみだけではない溢れる涙…それは愛情と寂寞

一青窈/もらい泣き


「ええいああ 君から『もらい泣き』」というサビを思い出さないものはあの世代にはいなかった。
もちろんこの後ヒットした「ハナミズキ」も素晴らしい曲なのだが、「もらい泣き」がどう素晴らしいのかを説明させて欲しい。
まずは、散文調の歌詞。

句読点が所々に打たれ、こういった歌詞はなかなか珍しいのではないだろうか。
描いているのも恋愛なのか友情なのか鏡の中の自分なのかがわからない。

今あげた三曲のなかで間違いなくダントツ「さみしい曲」である。
しかし私はこの曲がとても好きだ。

「やさしい・の・は 誰です」の繰り返しの後、「やさしいのは そう 君です」という決め手。
ぐうう、と唸らざるを得ない。

「ハナミズキ」のヒットだって、この昏くてさびしい一曲がデビューソングだったからこそ映えたのではないだろうか。

呪文のような愛を受け取って…月の照らすこの夜に

東京エスムジカ/月凪


このアーティストと出会ったのは実はこのデビュー曲「月凪」ではない。

別の楽曲だったと思うが、当時ニコニコ動画にはまっていた私は、好きなアニメのMAD作品(音楽に合わせてアニメのシーンを切り貼りした作品)に夢中だった。
そこで偶然耳にしたのだ。

この無国籍な感覚。これは一体なんだ?
慌ててデビュー曲を聞いたら、冒頭に入っている言葉はチベット語とのこと。

この「月凪」では、過ぎてしまった過去を「名」、現在を「声」、未来を「調べ」としている。
これがとてつもなく歌声とはまっていて、なんでこのアーティストがメジャーな存在にならなかったのかが不思議でしかたがない。

癒されたい、でもちょっと叱って欲しい。
そんな私達の世代の甘えをすべて叶えてくれるかのような一曲だ。

暖かさと温もりと後押し…女性シンガーが求められた条件

あの頃の歌姫たちのデビュー曲を語りたい
こうして並べてみてみると、どうしても「母性」や「包み込む優しさ」がテーマになっていることに気づいてしまう。
あの時代、私たちはそんなに絶望していただろうか。

不景気で就活も難しく、会社はブラックばかり…今の時代の方がよっぽどこの楽曲たちを必要としているように思える。

誰かの愛で包まれたい時、すこし泣きながら眠りにつきたい時。

そんな時に、この記事を思い出してくれると嬉しい。

彼女たちの歌声は不変だ。

文=阿部春泥

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