レディオヘッドはアルバム「A Moon Shaped Pool」で静寂と戯れながら音楽そのものを問うている!

レディオヘッドの約5年ぶりとなる9thアルバム「A Moon Shaped Pool」(2016年)は、すでにロックというジャンルを超えていたレディオヘッドが、無音、すなわち静寂と戯れることで音楽そのものを問うている大変な問題作だと思う。「A Moon Shaped Pool」に収録されている楽曲全てにおいてレディオヘッドは静寂と戯れている。それがなんとも心地よいのだ。

収録曲の紹介

「Burn the Witch」

現代音楽の大家、スティーヴ・ライヒの影響を思わせる第一曲目の「Burn the Witch」は、ストリングスが小刻みなリズムを刻みながらミニマル・ミュージック――音の動きをでき得る限り少なくし、音型を反復させる現代音楽のムーブメントの一つ――を彷彿とさせ、とはいえ、トム・ヨークのボーカルは水を得た魚のようにの伸びやかでストリングスとボーカルの対比がとても興味深い楽曲となっている。

<「Daydreaming」

第二曲目の「Daydreaming」は、テープの逆回転、例えばビートルズがよく用いていた手法を音作りで用いていて、なんとも幻想的な音風景が広がる。タイトル「Daydreaming」にふさわしい、この夢幻感に潜むもの、つまり、なぜこのような音作りに至ったのかを考えなければならないだろう。

このあまりにも夢心地で幻想的な音世界には、レディオヘッドが静寂に対峙できる音世界というものを構築しなければならないその契機が、垣間見えるのだ。それは端的に言えば、陶酔だ。

静寂に陶酔するのが瞑想ならば、音楽で陶酔するのは、意識の先鋭化に他ならない。とても研ぎ澄まされた意識が生んだ音楽の在り方が「A Moon Shaped Pool」には収録されている。

「Decks Dark」

アンビエント・ミュージックの方法が見られる第三曲目の「Decks Dark」は、アンビエント・ミュージック故に、これまたレディオヘッドは静寂と真正面から戦いを挑んでいる。静寂に音が立ち上がるということをレディオヘッドほど意識しているバンドは他にいないように思う。アンビエント・ミュージックは環境音楽とも訳されるように、ブライアン・イーノが唱えた音楽なのだが、それは、音楽を音楽であることからの解放を意味していて、極論すれば、アンビエント・ミュージックは聴き手が聴いていようがいまいが関係なく、”家具のように”存在すればいいという音楽なのだ。それを標榜し始めたレディオヘッドは既に音楽というよりもむしろ、静寂と戯れている。

「Desert Island Disk」

アコースティック・ギターの演奏が同じフレーズを引き続けるこの第四曲目の「Desert Island Disk」は、これまたレディオヘッドが静寂と戯れたその軌跡といえるだろう。出だしの心臓の鼓動のような打音が、印象深いのだが、この「Desert Island Disk」もまた、背後ではアンビエント・ミュージックを思わせる浮遊感が漂う、また、残響が時にノイジーに響くことで、かろうじてレディオヘッドのデビュー当時の音作りとつながるその残滓が残る作品といえる。

「Full Stop」

ドラムとベースが重厚感たっぷりに疾走する中、再びアンビエント・ミュージックを標榜するキーボードの音がその位相を変えてては様々な表情を見せる、そんな音世界を引き連れるように静寂を思わずにはいられなトム・ヨークのボーカルが美しいナンバーだ。

ドラムとベースのリズム隊がしっかりしているので音世界はカオスにならずに何とか踏ん張っているが、キーボードだけ取り上げればまさにカオス状態。そんな音楽ぎりぎりの演奏ながらボーカルが全くそれを意に介さないところが、また飛び切り心地よい楽曲なのだ。

「Glass Eyes」

これまでのナンバーとは一味違い、トム・ヨークの哀愁漂うボーカルが前面に出た非常に美しい作品だ。この「Glass Eyes」は様々な実験を試みてきたレディオヘッドでしか生み出せなかった一つの到達点といっていい作品といえる。ピアノ風なキーボードがとても美しいメロディを紡ぎ出し、ボーカルとそれが相まることで途轍もなく美麗なナンバーに仕上がってる。

「Identikit」

ギター・サウンドに軸足を置いた、レディオヘッドの本来の持ち味が堪能できる、これが最初期からのレディオヘッドの姿といっていいナンバーだ。これまで、変幻自在にそのバンド演奏の姿を変えてきたレディオヘッドにあって、本作は、「A Moon Shaped Pool」において珍しくレディオヘッドの原点回帰といった、それでいてもはやレディオヘッドがオルタナティヴ・ロックの覇者という称号をかなぐり捨てたことに何の未練もないと聴くものに突き付けている作品で、「Identikit」、つまり、モンタージュ写真という題名が示すとおり、レディオヘッドは原点回帰するにも、モンタージュ写真を作製するしかないことを率直に語ったナンバーといえるだろう。

「The Numbers」

これが”現在のレディオヘッドの姿だ”と語ってたいるかのように思える「The Numbers」は、揺らめくようなキーボード演奏を軸に様々な音を重ね、それでいてとても静謐な音楽を出だしで聴かせていて、トム・ヨークが歌いだすとギター演奏がそれに加わるとても複雑な構成となっているナンバーだ。

時に劇的に表情を変え、また、弦楽器がとても効果的に用いられながら、楽曲の振れ幅がとても大きいドラマティックな「The Numbers」は、「A Moon Shaped Pool」の中でも白眉の一曲といえる。

Present Tense」

ブラジル音楽、特にボサ・ノヴァを思わせるような幻惑的なコード進行が光る一曲だ。このナンバーを聴けば、レディオヘッドがいかに雑食性のバンドで、それが既に”モンスター級”のものとして他のバンドの追随を許さない独自の音楽性を獲得しているのがよくわかるナンバーであろう。
それでいて、このナンバーでもレディオヘッドは静寂と心行くまで戯れていて、この泰然自若とした構えはある種の余裕すら感じさせるところに凄みを覚える楽曲だ。

「Tinker Tailor Solodier Rich Man Poor Man Beggar Man Thief」

エレクトロニクス・ジャズをモチーフに電子音が目くるめき、ストリングスも加わり、この世の諸行を歌うトム・ヨークのボーカルは儚くもあり、それでいて美しさこの上ないのである。どうしてこんなにも静寂と心行くまで戯れられるのだろう。

これがこれまで紆余曲折ありながらもアルバムを発表するたびにその音楽性をがらりと変えてきたレディオヘッドの行き着いた境地なのだろうか。既にこのナンバーはロックの域を超え、現代音楽といっていいクラシカルな一面が途轍もなく格好いいのである。

「True Love Waits」

「A Moon Shaped Pool」を締めくくるナンバーのこの「True Love Waits」は、このアルバム全体を覆っているミニマル・ミュージックの影響を集大成するかのように、最小の音型が繰り返されだけの音楽なのだが、そこはレディオヘッド、それを名曲へと仕上げてしまう力は目を見張るものがある。

ミニマル・ミュージックの単純な音型だからこそ、水を得た魚のように浮遊感たっぷりに静寂とも戯れながら歌い上げられるトム・ヨークのボーカルは、「A Moon Shaped Pool」で一貫していて、レディオヘッドが到達した音楽的な境地が、ミニマル・ミュージックという現代音楽だったといやが応にも感じずにはいられない美しいラスト・ナンバーである。

メンバー紹介

・トム・ヨーク(1968年10月7日生まれ)

メインボーカル/ギター/エレクトリックベース/ピアノ/シンセサイザー/タンバリン/ドラム

・ジョニー・グリーンウッド(1971年11月5日生まれ)

ギター/ピアノ/シンセサイザー/オンド・マルトノ/ストリングス/グロッケンシュピール・シロフォン/ラップトップコンピュータ/トランジスタラジオ/カオスパッド

・エド・オブライエン(1968年4月15日生まれ)

ギター/バックボーカル・コーラス/ギターエフェクト・サンプリング/ドラム/カバサ/パーカッション

・コリン・グリーウッド(1969年6月26日生まれ)

エレクトロニックスベース/ウッドベース/シンセサイザー/キーボード/サンプリング/パーカッション

・フィル・セルウェイ(1967年5月23日生まれ)

ドラム/バックボーカル/パーカッション/リズムマシーン

以上の5人組。

まとめ

レディオヘッドの9thアルバム「A Moon Shaped Pool」は、ミニマル・ミュージックに代表される現代音楽、アンビエント・ミュージック、エレクトロニカなど、これまでアルバムを発表するたびに、バンドの表情をがらりと変えてきたレディオヘッドが行き着いた一つの到達点、つまり、集大成のアルバムといえる。

そのどのナンバーも、しかしながら、静寂と心行くまで戯れるの余裕すら感じられる音作りには、感服せざるを得ないのだ。あえて静寂に対峙しているようなレディオヘッドは、次作で、また、静寂と心行くまで戯れながら、さらに先鋭的な”現代音楽”を生み出すのだろう。

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