MOROHAの存在が導く音楽の未来

これはなんだろう?MOROHAを聴いて戸惑う人は多いだろう。
唄か?ポエトリーリーディング? 芸人さん?ウィキペディアには「日本のラップグループ」と書いてある。これラップなのか?違うだろ?・・・あぁ、俺なんで泣いてんだ?

MOROHA

唯一無二なMOROHAという音楽

音楽というものが音で人の心に作用するものとするなら。それを求めて音楽を聴いているのなら、MOROHAは間違いなく上質で唯一無二な音楽を届けてくれるグループだと言える。

どんな音楽かというと、”MC”のアフロとギターの”UK”からなる二人組による「声」と「ギター」の2音だけでという最小構成の音楽だ。アンディマッキーや押尾コータローなどパフォーマンスによりすっかり市民権を得ているパーカッシブギターのクリアかつリズミカルな伴奏の上に、大槻ケンヂのような甲高い歪み声で日本語の詩を乗せるというスタイル。あくまで唄ではない。ビジュアルも爽やかではないし、失礼ながらキレイでもない。

こうして文字に起こしてみるとMOROHAの魅力は全く伝わらない。人に薦めたいのだけど、どう説明したらいいのか分からない。いい加減に歳を重ねているので、大概の音楽はカテゴライズできる。「○○っぽい感じ。」であったり「○○と□□を足した感じ。」なんて具合に。

とにかく、あなたがMOROHAを知らないのなら、まずは聴いてほしい。
あ、PLAYボタンをクリックする前に伝えておくけど「ながら聴き」はできないから注意して。

東出昌大ってこんなに良い表情する役者だったっけ?まぁいいや。MOROHAのファンを公言する東出昌大のプッシュもあって「しゃべくり007」をはじめいくつかのTV番組で紹介されたけど、彼らのパフォーマンスはTVサイズに収まるものではない。それでも、その短い尺のパフォーマンスで多くの人に認知された。

MOROHAの示す新しい音楽の在り方とは

ホントに新しい音楽なんて、滅多に聴けることは無い。今まで聴いたことが無い音楽ってのは、自分が知らない土地の民族音楽か、完成度が低くいがゆえに聴くに堪えないアタマでっかちな実験音楽だったりする。

そんな中でMOROHAの音楽は、自分の中では「新しい」と言える。というか、フォロワーが現れる気配は感じられないから、新しい古いではなく「唯一無二」というのが正しいかもしれない。

元来、ラップというのは苦手なジャンルだ。学生の時にバイト先の店長に聴かされたパブリックエネミーもリズムトラックに乗っかった言葉の勢いは分かるんだけど、いかんせん何を言っているのか分からないので受け付けなかった。それから数十年。そのバイト先の店長の年齢を遥かに超えた今、日本語のラップもすっかり一般的になって、アイドルの歌謡曲にも普通にラップパートが織り込まれる時代になった。

しかし、音楽への言葉の乗せ方は英語のヒップホップを基に、英語っぽいイントネーションで日本語が使われていたり、語呂合わせのために辞書からひねくり出したような言葉を使っていたり、歌詞カードをみて「あぁ、こう言ってたのね。」と初めて分かる様なものが多く、伝わらないラップなら、メロディに乗せて歌として伝えても良いんじゃないか?と思ってしまう。詩の内容とパッションを伝えるために「ラップ」という手法を取るなら、日本語のイントネーションを活かして、伝わる言葉を選ぶのが正しいんじゃないだろうか。

MOROHAは普段使いのリアルな言葉を使って、聞き取れるイントネーションで自分たちの思いを伝える。その思いとは、薄っぺらい夢や希望でもなく、大上段に構えた社会への不満でもなく、ヒリヒリするほどリアルな自分自身の姿だ。これが、MOROHAのパフォーマンススタイルによって、否が応でも聴く人の心の中にねじ込まれていく。

LIVEで聴きたくなるMOROHAの活動スタイル

彼らの主戦場はライブにある。CDも出しているが、下のPVを見る限りライブ現場で直接聴きたいと思えるアーチストだ。

この8分にもおよぶMVを生ギター1本とラップ?だけで見せ切る。曲の構成だって実にシンプルで、声とギターの強弱だけ。もはや、MVではなくショートフィルムだ。特に後半のアジテーションはすさまじい。それまでに開けられた心の穴に、リアルすぎる言葉が突き立てられる。

これはスゴイ。ヤバい。サマソニの出場権を争うコンテストの審査員だったサニーデイ・サービスの曽我部恵一は「事件だ。」と評したそうだが、まさにショービズ界にとってMOROHAの存在は事件そのものだ。
カラオケで歌う訳にもいかないし、テレビでも扱えない、パッケージされたCD音源は「おしながき」程度のもので、ライブに行ってみんなで大合唱するような曲もない。それでもMOROHAの音楽を聴きたいと思ったら、ライブに足を運ぶしかない。
ステージには派手な踊りや演出があるわけでもない。メンバーはたった二人。もはや高僧の説法を聴きに行くような感覚だ。

LIVE主体のミュージックシーンにMOROHAの存在が示すもの

数百年続いた著作権ビジネスが崩壊し、複製音源の価値も消失しかけている今、涼しいスタジオで作られたパッケージのコピーを売って悠々自適な生活を送っていたアーチストは、野に下り多くの聴衆の前でパフォーマンスすることでアーチストとしての存在を示し始めている。

そんな時代に、現代の吟遊詩人としてその場の観客の状況や社会背景を映すMOROHAのパフォーマンスと熱量は、これからの音楽の在り方を示しているのかもしれない。

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