乃木坂46出演映画『あさひなぐ』がつなぐ日本人のメンタリティ

今年のノーベル文学賞を、イギリスの作家、カズオ・イシグロ氏が受賞した。
ご承知のとおり、イシグロ氏は長崎県出身で、幼いころイギリスに渡り、その後帰化したということであるが、名前も容姿も日本人に見える人が「イギリス人」と紹介されることにどこか違和感を感じるのは、私だけではないだろう。

これが、移民や民族紛争の多かった国であれば、そんなことはないのかもしれない。
日本には、独立した島国という特殊な環境下で、脈々と育まれた日本人としてのメンタリティがある。
それは一体、どのようにしてできているのか。そして、私たちは何をもって「日本人」たりえるのだろうか?

映画『あさひなぐ』が好調だ。

あさひなぐ

今やAKBを追い落とすほどの人気となった乃木坂46の主要メンバーが主演し、なぎなたにかける少女の青春を描いた爽やかな作品、人気となるのもわかる。
私もかなり好きなタイプの映画だ。

実は、私の好きな映画にはいくつかのパターンがある。そのひとつが、日本の伝統を感じるような競技と美少女の組み合わせである。
1983年に公開され、冨田靖子が主演した『アイコ十六歳』(弓道)、2010年に成海璃子、北乃きい主演で映画化された『武士道シックスティーン』(剣道)、同じ年、こちらも成海璃子主演で描かれた『書道ガールズ』(書道)、近年では広瀬すずが主演した『ちはやふる』(カルタ)などというのも、この系譜に入る。

『あさひなぐ』もその世界を継承した作品だ。

運動音痴でメガネっ娘の主人公、東島旭(西野七瀬)は、二ツ坂高校に入学後、先輩である宮地真春(白石麻衣)に憧れて、なぎなた部に入部する。一緒に入部した紺野さくら(松村沙友理)、八十村将子(桜井玲香)とともに厳しい稽古を受けるが、なかなか勝つことができない。強豪、國陵高校のエース、一堂寧々(生田絵梨花)にも一方的にライバル心を燃やすが相手にされない。
そんな時、ひょんなことから旭たちの部が、白滝院という尼寺で合宿をすることになる。そこには寿慶(江口のりこ)という厳しいなぎなたの師範がいて、徹底的にしごかれる。それに耐えた旭たちは、新たな気持ちで大会に臨む。

ストーリー自体は、いわゆる「スポ根もの」の王道と言っていいだろう。
では一体、この作品のどこが私の琴線に触れるのか。

なぎなたは鎌倉時代から続いている武術と言われている。つまり誕生から千年もの年月が過ぎているのである。
そして、その武術の美しさや静謐さに心を奪われる者は、いまだに変わらず存在する。
その事実にまず感動する。日本の歴史において「続く」ということは何よりも重要なことなのだ。

「アイドル」という文化だって、これまでの歴史の積み重ねの中から生まれてきたものだと思う。
最初に書いた「日本人のメンタリティ」、それは、脈々と数千年にわたり受け継がれてきた私たちの生活そのものなのではないだろうか。

「なぎなた」という武道にしても、今までどれだけの人がこの武術に魅せられ、そしてまた、それをする女の子に憧れを抱いたことだろう。
映画の中でも描かれているように、何百年も前の女性がなぎなたに惹かれていたかもしれない。そして私がその姿に魅了されるように、過去の女性に憧れを抱いた人がいるかもしれない。
そんな、日本人としての歴史のようなものを感じずにはいられない。
『あさひなぐ』という映画は、なぎなたというツールを通して、そのことを知らしめている。

これからこの映画を観る人は、ぜひ、その歴史の大きさを感じてもらいたい。
そして、私たちを形作っている日本人としてのメンタリティ、そのことにも思いを馳せてもらいたい。

可愛い女の子を愛でること、伝統を重んじること、戦いであっても礼をつくすこと、そんな私たちのDNAに刻み込まれた太古からの感情が、この映画を見ることによって、呼び覚まされるように感じる。それはとても懐かしく、そして温かい感情であるのだ。

文=プレヤード

※画像は、「あさひなぐ」公式サイトより http://asahinagu-proj.com/index.html

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